職業プログラマの休日出勤

職業プログラマによる日曜自宅プログラミングや思考実験の成果たち。リアル休日出勤が発生すると更新が滞りがちになる。記事の内容は個人の意見であり、所属している(いた)組織の意見ではない。

接続詞 "or" の定義と英訳

契約書などの固めの英語の文章の中に "A and/or B" という表現が出てくることは非常によくあります。
日本語に訳するならば「AとBのいずれか一方または両方」とか「AおよびB、またはその一方」とか「AとBのうち一つ以上」といったところでしょうか。変な日本語になることが多いですが、まあ、言いたい事はわかります。

では、この内容のことを述べるために、なぜ "A or B" というより平易かつ美しい表現を使わないのでしょうか?
英語の "or" という接続詞には、プログラミング言語などで言う排他的(eXclusive)論理和 "xor" 的な意味しか存在しないとでも言うのでしょうか?
もちろん、日常会話において "A or B" と言ったときは、AとBの両方である可能性についても含んでいます(⇒ inclusive)し、Wikipedia(英語版)の記事 And/or - Wikipedia, the free encyclopedia によれば "or" は法的な文脈においてもinclusiveだという意見も根強いです。
しかしながら、日本語を英訳する際には「正しい英語」や「美しい英語」、「伝統的な英語」ではなくて「法廷で勝てる英語」が求められることもあります。この場面においては "or" が exclusive なものと解釈されても大丈夫なように、多少汚い手ではありますが、"and/or" やその代替表現も使っていく必要があるでしょう。
"and/or" について賛否両論があるということは、 or の定義には曖昧さがあるということになるのですから。

(参考)プログラミング言語や論理学での "or" と "xor"

おさらいです。詳しくはWikipediaの記事 論理和排他的論理和 を。

命題P 命題Q 論理和 P or Q 排他的論理和 P xor Q
true true true false
true false true true
false true true true
false false false false

日本語の「又は」の意味と英訳

さて、本題です。
日本の刑法を例に出しましょう。

外患誘致
第八十一条  外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する。
(外患援助)
第八十二条  日本国に対して外国から武力の行使があったときに、これに加担して、その軍務に服し、その他これに軍事上の利益を与えた者は、死刑又は無期若しくは二年以上の懲役に処する。
(中略)
(予備及び陰謀)
第八十八条  第八十一条又は第八十二条の罪の予備又は陰謀をした者は、一年以上十年以下の懲役に処する。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/M40/M40HO045.html

ポイントは第八十八条です。以下のような行動を取った人は罰せられるのでしょうか?

  • 第八十一条(外患誘致)の罪の予備と陰謀の両方を行った人物
  • 第八十一条(外患誘致)と第八十二条(外患援助)の両方の罪の予備を行った人物

これらの法律の意図から考えて、このような人物は第八十八条に基づいて罰せられるべきでしょう。ここでの日本語の「又は」は inclusive であると言えます。 exclusive として解釈されると困ったことになってしまいます。従って、この第八十八条を英語に訳するならば、状況によっては "or" ではなくて inclisive であることを明示できる表現 "and/or" などとした方が良いでしょう。

一方、第八十二条にも「又は」という語が登場します。「死刑又は無期若しくは二年以上の懲役に処する」です。こちらは、死刑と無期懲役の両方に処することは非常に難しいですから、明示的に inclusive であることを宣言する必要はなく、 exclusive としての解釈されたとしても困ることはありません。英語に訳するときは "and/or" は避けて "or" にするべきでしょう。
「若しくは」は「又は」と同じでしょう。

(参考)"or" が inclusive なものとして使われている英語の例

日本の法律からは刑法を登場させましたので、例文として刑法に相当するものを出しましょう。
これはAustraliaのNSW(New South Wales)州の刑法 "Crimes Act 1900 No 40" の、殺人未遂 "Attempts to murder" の項の一部です。

Whosoever:
administers to, or causes to be taken by, any person any poison, or other destructive thing, or
by any means wounds, or causes grievous bodily harm to any person,
with intent in any such case to commit murder,
shall be liable to imprisonment for 25 years.

http://www.legislation.nsw.gov.au/maintop/view/inforce/act+40+1900+cd+0+N

見ての通り、 "and/or" という表現は登場しません。法の主旨から考えれば「他人の身体を物理的に傷つける」ことと「毒を盛る」ことの両方を実施して殺人未遂を犯したとしても、その犯人は罰せられるべきですから、ここでの "or" (沢山登場しますが…)は inclusive であると解釈するのが自然です。

まとめ

  • "and/or" という表現には賛否両論あり。
  • 日本語の「または」が exclusive として解釈されると困るのかどうか検討する作業は必要。
  • inclusive であることを明示するには and/or やその代替表現も状況に応じて使う。